2005年05月18日

 50年生杉丸太の一本の値段て、何円位か知っていますか?
 
実は“3ヶ月で育つ大根よりも安い”のです!(勿論、㎥単価の話です)
 
50年生の杉の胸高(胸の高さ)直径は平均30cm前後で、高さが20〜25m位、体積は一本あたり0.5㎥位とし、現在の杉の原木丸太価格が10,000円/㎥前後ですので、50年の杉の木“一本5000円”です。
 
この値段が高いか?安か?は、ピンとこないかもしれませんが、杉の木が50年育つまでにどれだけ手が掛かっているかといえば、
まず、杉の苗木を植える前に、山に散らかっている枝葉を整理します。(地拵え)
次に、苗木を山まで背負って行って穴を掘り植え付けします。(植林)
そして苗木がある程度成長するまで(7〜8年間)下草刈り。(刈り払い)
その後は、ツル切り作業や5年毎程度に間引き作業。(除伐・間伐)
 
杉が50年育つまでにこれだけの手が掛かっている訳で、山に立っている杉の木はタダではないのです。
しかし、今の杉の木の値段は、伐採と搬出の経費で相殺され、差し引きゼロ円
 立木価格=0円 が日本の林業の現状です。
 
「戦後の拡大造林」と言われるように、一時期過剰に植林された時期が確かにありましたが、それを適切に管理し、そして木材を活用していくことが我々世代の役目であって、安易な外国産木材の使用は避けることをお願いしたいです。
 

  健全な森林

左の写真のように、適切に間引き(間伐)され、光が差し込み、下草が生い茂っている森林は、広葉樹林に勝る水の保水力(水源涵養)が発揮されます。

 “是非一度、山で汗を流してみてください!”



kigocoro at 17:05コメント(2)トラックバック(1)なぜ地域木材? 

2005年05月17日

今日から、近くのY様からの依頼により、床の張替えの工事が始まりました。
 
27年程前に張ったフローリングの張替えで、下地からそっくりやり直しとなり、新しく張る床板は、檜の無垢縁甲板です。
今日は、お勝手(台所)の床板張替えでしたが、お客様のお母さんとの雑談でこんな会話がありました。
 
「この場所は昔は馬小屋だったみたいだね!?」
近くの5寸柱を指差し
「ほら、その黒い柱に何ヶ箇所のホゾ穴(貫穴)が残っているだろう!」
このお宅は、昔は“くずや(茅葺屋根)”であって、200年近く経っているそうででした。
 
私の自宅は「築何年か?」と聞かれ「丁度50年程」と答えたところ、
「50年では、まだまだ新しいんだね!」
と、言われました。
 
9fdf1884.jpg
確かに昔の家(民家)は、100年200年の寿命は当たり前であったわけです。
我が家は50年前の建築で、戦後建てた住宅ですが、8寸角のケヤキの大黒柱と4.5寸角の柱が立ち並んでいます。
(そういえば「大黒柱ってえのは“女”なんだ」てことを、最近何かの本で読んだ気がするけど、何でしたか?)
 
今の日本の住宅寿命は26年前後といわれますが、昭和30年以降急激に住宅の質が低下したようです。
昭和25年の“住宅金融公庫の仕様書”の発行を期に、住宅そのものも大量生産・消費の一員となり、家づくりそのものが180度の方向転換をしてしまったようです。
 
そんな、こなしの家づくり時代は既に終わり、今、21世紀の新しい家づくりが始まろうとしていますが、昔を見直すことで多くのヒントが与えられるようです。
 (写真は、我が家のケヤキの大黒柱です。)
 


kigocoro at 01:03コメント(0)トラックバック(0)古民家・伝統構法 

2005年05月14日

 建築士の資格を取得し、とりあえず二級建築士事務所登録を行い、建築業として「プラス・ウッド建築工房」を、“家づくリづくりの道”決意後6年目にしてスタートさせました。
とは言え、私の地元は群馬の山間の小さな田舎地域ですので、新築工事は少なく、修理・修繕や小さな増・改築工事の請負が主でした。

「木の値段が安くて手入れされない山」

「家を建てるものの使われない日本の木」

そんな近くの山と木を救い活かすために始めた家づくりの仕事でしたので、、“地域の気候風土と共に成長し、手入れを施された数十年生(40〜60年)の杉や檜”を伐採するため、木材の伐旬の秋になると近くの山に入り、山での作業をしました。
伐倒した木材は、葉をつけたままその場にねかし「葉枯らし乾燥」を3ヶ月前後行います。
そして冬から春にかけて3〜6mの長さに玉切り(採材)、山から搬出し、近くの製材所に運んで製材しました。
製材した木材は持ち帰り、雨をしのぐように桟積みして天然乾燥させ、家づくりの材料としてストックしていました。

その作業は現在に至るまで毎年繰り返しているわけですが、こうした循環こそ元々は、丈夫で長持ちのする家づくり基本であり、日本住宅の文化であったと感じています。
これまで自分が家づくりに注いできた行動それは、その時点においての「直感力」が一番の源でありましたが、それが結果的に真理に適っていることが不思議と多々あリました。

お世辞にも「順風満帆」などとは言えない創業の時代でありましたが、「木と山への思い」が何よりもの原動力であったに違いありません。
また、私の目指す家づくりにご理解を示し、応援して下さったお客様や仲間たち、そして支えてくれた家族に、深く感謝申し上げます。



kigocoro at 00:03コメント(0)トラックバック(0)起業の足跡 

2005年05月13日

大工も見習いとは言っても、大きな工務店で使っていただいた訳ではなく、幾つかの建築施工関係のところで、忙しいところを手伝い歩いた状況でした。
それ故に大工以外の経験も積み、今日小さい現場においては電気設備・給排水設備を除けば一通りの仕事がこなせています。
当時は経済的な面においては、サラリーマンの時代の半分の給料であって、厳しい状態でもありました。

大工としての修業を続けながら4年目より、独学で設計の勉強も始めました。
そして一年後に二級建築士の試験を受け、一発で学科試験は合格しました。
こうして独学にて合格できた秘訣は、試験問題を毎朝欠かさずトイレの中で、繰り返し反復して記憶し、車の運転中も信号待ちの度に、一問一問の反復を続けた勉強法が良かったようです。
この頃の私は、結婚や子供の出産などとも重なり、自由に勉強できる時間は少なく、有効な時間の使い方で、より集中力も増したこともあったかも知れません。
さすがに製図試験は独学では厳しく、2年目に抜群の合格率を誇る「○建学院」に入校し無事に合格となり、晴れて二級建築士の資格が持てました。

また、この頃から自分の山の伐った木を、近くの製材所まで運び製材し、それらを桟積み乾燥し、木材のストックを行い始め、自分でも徐々に建築の仕事を請け始めました。
これが、建築の道を歩み始めてから6年目程のことです。

(次回につづく)



kigocoro at 00:24コメント(0)トラックバック(0)起業の足跡 

2005年05月12日

20代の前半〜半ば(なかば)は家業の林業を継ぎ、
20代の後半〜30代前半はサラリーマンでした。
今から13年前の33歳(って、ことは現在46歳)に、建築の道を決意!しました。

20代の後半でサラリーマンになったきっかけは、当時、電線関係の製造をしている知り合いの会社で、社内の中国語講座をやっていまして、多少の中国語をかじっていた私は、更に語学力を伸ばそうと思い、その講座の仲間に入れて頂きました。
そんな折、その会社において、香港に工場進出の計画が立ち上がり、香港担当として私に白羽の矢が立ちました。
何かと迷いはありましたが、まだ独身の身であった私は香港行きを承諾して入社いたしました。
いよいよ香港進出の矢先に、あの歴史に残る「天安門事件」が起こり、香港進出は白紙となりました。
それでもその会社では私に、新規事業関係の仕事を担当させて下さり、米国・台湾・タイなど国内外の出張を始めとして、多くの貴重な体験をさせて頂きました。

前置きが長くなっていますが、そんなサラリーマンを続けてはいたものの「自分が本来やるべき職業(いわゆる“天職”)は何か?」と、悶々と考えることが多くなった矢先に、ある日の山形県への出張先の宿泊において、大きな心の転機が訪れました。
その宿泊先の宿舎(ペンションの様なところ)が、地場の木材をふんだんに使った建物であって、とても気持ちが休まった中で、直感的に思いが走り始めました。

「我が家は代々受け継がれてきた山林を所有し、私もその山や木と共に育ってきた。
それら山の木は、“祖父さんや親父の、育てた苦労と孫子への思い”が浸み込んでいるものだ、
しかし今その木は、伐って売れる値段は二足三文の安い値段である。
しかし、“自らが手掛けて木を活かし、住宅にふんだんに活用する”ことで、木もご先祖様も喜んでくれる筈だ!」


と、そこで自分の天職を悟り、建築の道を決意しました。

まずは、大工の見習いからスタートが始まり、同時に夜間の職業訓練校建築技能コースへも通いました。

(次まだ続きますが、今日はここまでにします)



kigocoro at 12:47コメント(0)起業の足跡 
プロフィール
松島 匠建
国産の杉・桧で造る木の家
 3坪からの注文住宅
 小住宅・ミニハウス
 ウッドデッキなど

当社では、お客様のニーズに合わせて、大きさ・広さ・形・間取り・設備、そして屋根・外装・内装・建具などを、好みのサイズと仕上げにて刻み加工し、施工している群馬の工務店です。

本社・加工所
〒376-0301
群馬県みどり市東町沢入986
 TEL.0277-95-6558
 FAX.0277-95-6920
群馬県知事許可(般-17)第21093号

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